[ 寺 / 下田市 ]
ホウフクジ

黒船来航の翌年、嘉永7年(1854年)日米和親条約の交渉にあたり、日本全権の本陣として「下田奉行所」が置かれた寺である。
文久3年(1863年)1月、嵐により風待ちで同寺に逗留していた、第15代土佐藩主、山内容堂の許に、偶然にも嵐で入港した、後の幕府軍艦奉行、勝海舟が謁見に訪れ、弟子であった坂本龍馬の脱藩の罪を許してもらった歴史的会談があった寺でもある。
龍馬この時29歳、「唐人お吉」の物語でも知られる斉藤きちはこの時23歳であった。
明治24年に入水自殺をし、51歳の生涯を終えたお吉を唯一埋葬した寺であり、お吉の生涯を儚んで寄せられた遺品の数々を所蔵した「唐人お吉記念館」がある。
お吉の墓を訪れ、時代に翻弄されたお吉の生涯に手を合わせる人は後を絶たない。

本堂内は菊の紋章の使用が許され、第1回徴兵検査場として使用。賀茂郡役所としても利用された。

右側に、もとの墓。左側は昭和5年、唐人お吉を演じた水谷八重子ら芸能人により寄贈されたお墓。

2008年1月15日、山内容堂、勝海舟謁見の間、リニューアルオープン記念に建てられたもの。
















