[ 資料館 / 下田市 ]
トウジンオキチキネンカン リョウマヒショウノマ

文久3年(1863年)1月、運命の嵐に導かれ、第15代土佐藩主、山内容堂一行と土佐脱藩浪士を弟子とする、後の幕府軍艦奉行、勝海舟一行が下田で鉢合わせをした。
坂本龍馬らの脱藩の許しをほしい海舟は、わずかな供を連れて同寺に参上、容堂は海舟が酒を飲めない事を承知で、「脱藩の罪を許してほしくばこの酒を飲み干してみよ」と大杯に酒を注ぎ詰め寄った。それをためらい無く飲み干す海舟…。その約定の証を求める海舟に、容堂は自らの白扇に「ひょうたん」の絵を描き、「歳酔三百六十回 鯨海酔侯」と署名し渡したとされる。龍馬の活躍はここから始まるのである。ここには、その歴史的会談があった「謁見の間」の一部が当時のまま残され、この時、容堂と海舟が酌み交わした大杯の実物を見ることが出来る。

容堂にすすめられた、のめない酒を一気にのみほした海舟。この時、使われた二人の絆をしのばせる杯。

勝海舟著「亡友帖」(国立国会図書館 蔵)に記録されている容堂が海舟に与えた白扇の瓢箪。

2008年1月15日、リニューアルオープンして整備された。後押しは高知県立坂本龍馬記念館。
















