[ 資料館 / 伊東市湯川 ]
キノシタモクタロウキネンカン



木下杢太郎記念館は、医学者にして、詩、文学、美術など広い分野で功績を残した木下杢太郎(本名:太田正雄)を称え、昭和60年にオープンしました。外観は明治40年の建築をそのままに、土蔵造りになまこ壁を配しています。また、奥には天保6年(1835)に建てられた生家が保存され、市の指定文化財になっています。(平成19~20年に解体修理を行いました)
館内には、杢太郎の著書や、研究書、絵画、友人たちの作品、杢太郎や家族の遺愛品、当時の生活用具などが展示されています。
杢太郎も偉大な人物ですが、彼の兄弟たちも素晴らしい功績を残しています。今回紹介したいのは、兄の太田円三です。円三は現在の東京をデザインした人物の一人です。東京帝大土木工学科を卒業後、鉄道院に勤め、わずか42歳で復興局土木局長に就任、関東大震災によって甚大な被害を受けた東京の復興に尽力します。隅田川の永代橋や、昭和通りなどを造りました。平成17年に彼の遺品類が発見されたため、記念館での展示は最近になります。
資料館というと難しいイメージがありますが、そんなことはありません。近代的なコンクリート造りの資料館とは違う、明治時代に建てられた建物の温かい雰囲気を味わうだけでも心が落ち着きます。ぜひ一度ご来館ください。
●取材:つっちい●

生家。平成19、20年に解体修理を行いました。使える木材などはそのまま使用し、ほぼ旧来の姿を残しています。

展示室。ここでしか見ることのできないものがたくさん展示されています。

ショップコーナー。木下杢太郎が描いた草花のポストカードなどが販売されています。

















2010/07/02
7月1日(木)より、国際ソロプチミスト伊東(三津間玲子会長・会員19人)の認証25周年記念事業として、市立木下杢太郎記念館に案内板を設置しました。
案内板は伊豆石を使った幅1・3メートル、高さ0・9メートル、奥行き0・5メートル。上部に張られた縦横0・3メートルの有田焼陶板4枚で杢太郎の写真、伊東との関わり、業績、略歴などを紹介。陶板は風雨や塩害に耐久力があります。
詩人としてしか知らなかった木下杢太郎が、こんなマルチな才人だったとは!まずはそのことに、ひたすらびっくりしました。植物を詳細に描いた画の数々はただ圧巻で、さながら伊豆の南方熊楠。これほどの天才が、まさにこの家で生まれ育ったのか…という感慨に浸ってしまいます。
by 三日月 女性 40代 東京都(2009/11/11)